お侍様 小劇場

   “甘いのも辛いのも” (お侍 番外編 27)
 

 
 まだまだ夏服は仕舞えないけれど、気がつけば“暑い”とはあんまり口にしなくなっていて。まだまだエアコンの設定は除湿や冷房のままだけれど、そういえば朝晩くらいは温かい飲み物を口にするのが苦にならなくなっていて。

 「そういえば、もう十五夜も過ぎちゃってますものね。」

 今年はちょっとお天気が芳しくなかったせいか、うっかり意識しないでいて過ぎちゃってましたよねと。調理台の前から肩越しに振り返って話しかければ、

 「…。(頷)」

 食卓用の椅子に横向きに腰掛けて、こちらを眺めていた次男坊がこっくりと相槌を打って見せる。十五夜どころじゃあないとばかり、台風の前兆の大雨に翻弄されたのはほんの1週間ほど前のことだのに。やたら蒸し暑く、まだどこか夏の名残りの濃かった気配はどこへやら。空の色も庭を照らす陽ももはやすっかりと秋めいており、陽が落ちれば虫の声がし、月影も心なしか冴えて麗しく見えるから不思議。間近い学校行事との連動で、先週に引き続き、今度は剛毅にも四連休となっているらしい高校生の次男坊が、そんな休日でも早起きなのは、長く親しんでいる剣道の、朝の習練である五百回素振りをこなしているからだったが。そんな彼が…ちょっと見にはそうは見えないかも知れないが、随分と興味津々という態で眺めやっているのが、こちらさんも朝早くからキッチンに立っていた七郎次の、忙しそうな調理の様子へ。昨夜から下準備にかかっていたらしいものを、さぁてとと腕まくりしての手際よく、水を切った小豆を鍋に投じて煮始めるかたわら、餡への味付けと同時に、黄粉へも砂糖を混ぜて調味をしておき。こちらはタイマーセットしてあったもの、炊飯器が米の炊き上がりを知らせるいい香りを出しているのを、ちらと視線だけをやって確かめて。焦がさぬようにと鍋の傍らから離れぬそのまま、それでも…朝げいこを終えた久蔵への朝食として、開きアジを炙ったのと小松菜と油揚げの煮びたしに、だし巻玉子、ワカメとネギのおみおつけをきっちり用意してくれたところは相変わらずに卒がなく。

 「…と。こんなもんでしょかね。」

 お玉に掬った小豆のあんを、ふうふう冷ましてから小さじに取って。ちょっぴり口へと含んだものの、味見をし過ぎたか…自信が持てず。優美な所作にて小首を傾げたのも一時のこと、

 「久蔵殿。」

 サジを持ったままで振り返った七郎次、そのきれいなお背
(おせな)を眺めてた次男坊へ、数歩分ほどあった間合いを詰めての歩み寄ると、口元へサジを持ってゆく。
「味を見てもらえませぬか?」
「〜?」
 え…?と紅の眸をしばたたかせたが、間近になった優しいお顔の、期待に満ちた眼差しにはどうあったって逆らえはしない。ね?と頬笑まれたらもはや駄目押し。どうぞと差し向けられたサジを前に、まだちょっと躊躇していたのは…味見という行為云々よりも、誰か人の手から物を食べるということへの含羞みが出たせい。手を出しかかってでもそれは、ゆるゆるとかぶりを振る七郎次の、やんわりと細められた眸に制されて。ますますと羞恥が沸いたが、それでも おずおずと。日頃の寡黙さの象徴のように小さなお口を開くと、サジの上の紫がかった墨色の餡を頂戴する彼であり。真っ白い歯がコツリと当たっての、ほんのわずかな甘味を口へと含んだそのまま、

 「〜〜〜。///////」

 ほんのり微笑んだのが、そのまま出来の善し悪しも物語っており。
「あんまりくどいのも何ですが、中にご飯が入りますからね。」
 それで、いつもの練りきりよりは心持ち甘さを強めにしたんですがと付け足された説明へ、うんうんと頷く久蔵のお口が含羞み半分の、それでも満足げな笑みを浮かべていたのへと、

 “うあ…。そんなお顔、しますかね。”

 常からは冷然とした青年だけに、こんな他愛ないことへ付き合ってくれたばかりか、照れたように恥ずかしそうに仄かに微笑むその愛らしさが、こちらの胸底をほわりと甘く、幼子のそれのよな弱々しい力でつねり上げるようで……たまらない。
“誰へでも、じゃあないところがまた、格別なんですよねvv”
 とんだ眼福いただいたのを弾みにし、よ〜しとおっ母様の側も満足げに笑って見せて。それじゃあ仕上げだと、ラードをちょっぴり入れるのは つやを出すため。ご飯の方はもち米を加えたおこわ風。大きめのすり鉢に空けると、すりこぎで撞いて半づきにし。小ぶりなおむすびにして四角いバットの上へ並べてゆくのがまた、手早いこと手早いこと。餡のほうもバットへ広げて粗熱を取ると、おむすびと同じ数のお団子に分け、手の上へ広げたそこへご飯を載せて、包み込みつつ きゅきゅっと丸めれば、

 「おはぎか?」
 「ええ。…あ、勘兵衛様、おはようございます。」

 今日は珍しくも休日がカレンダー通りに休みだった御主が、ようやくのお目覚めになられたようで。シャツは秋物のそれへと変わっているが、ボトムは型こそトラウザーズのかっちりしたものながら、シックな濃色の麻地という、まだ少し暑さを考慮したざっくりしたものを準備されていたのへと着替えてのお出まし。
「甘い匂いで起こしてしまいましたね。」
「なんの。そういつまでも寝ておると、置いて行かれかねぬしな。」
 ふふと柔らかく微笑った勘兵衛へ、だが、次男坊は少々不服か口元をうにむにと尖らせかかる。それへと気づいてのこと“んん?”と目線をやれば、

 「…独りでいいと。」
 「あ、まだ言ってますか?」

 問うた勘兵衛ではなく、七郎次が先んじての、だが今度はメッと。わざとらしいそれながら、叱るような視線を向けて来る。あまりに短いやり取りなので注釈を入れさせていただけば、

 『明日は木曽様の墓前へお参りに行きましょうね?』

 何もいきなり決めた訳じゃあないのだろう、お供えのおはぎの準備を進めつつ、七郎次が久蔵へと告げたのが昨夜の話。お彼岸の墓参りへは、当然のことながら駿河の本家のそれへと足を運ぶ彼らだが、木曽支家の墓前へも参らねばと言い出した七郎次。本家へは秋分の日の23日に参るとして、それじゃあ木曽様へはその前日にという段取り、いきなり聞かされた久蔵が、いやそっちは自分一人で行くからと固辞したものの、
『そうはいきません。』
 後見人としてその身を預かっている次代様。つつがなく健やかにお過ごしですよというご挨拶をせねばなりませんと、絶対に自分も行きますからねと珍しくも強い語調で七郎次が言い張れば、
『儂も連休が取れたのでな。』
 せっかくの休みに一人留守番というのも何だからと、勘兵衛までもが同行するぞと言い出して。金髪に玻璃玉のような透いた眸をし、均整が取れてのすっきりした肢体も麗しい、いづれが春蘭秋菊かという華やいだ風貌の色白美人たちと、豊かな蓬髪に彫の深いお顔、浅黒い肌をした、ラテン系の何か楽奏者か、はたまた牧師様でもあらせられるかという風貌の偉丈夫という取り合わせ。見映えがこうまで日本人離れしているご一家だのに、この連休は墓参のハシゴをして過ごされるのだとか。久蔵としては盆の送りや命日の法要ならともかく、単なる墓参なら自分一人でいいと言ったのだけれど。その“盆の送り”こそ、日をずらすという訳にも行かず、本家を優先してのこと、久蔵だけが運んでの執り行っていただいたので、
『せめて、節目節目のお参りくらいは、ちゃんとお顔出しをしてのご報告に参らねば。』
 それこそ頑として引かない七郎次には久蔵が勝てるはずもなく。

 「いいですね? お昼には出ますよ?」
 「〜〜〜。」

 木曽と駿河だと言うから仰々しいのであって、長野と静岡、そうそうとんでもなく離れているでなしと、軽やかに言ってのけた豪傑さんは、その間もてきぱきと手を動かしており。二段重ねの重箱には、餡でくるんだのと黄粉の2種類、そりゃあきれいなおはぎがあっと言う間に居並んでの、立派な完成に至っている。駿河の実家では料理自慢の家政婦さんがちゃんとご用意下さっているそうなので、重なっても何だからとそちらへは果物を持って行く予定だとか。
「で、すみませんが。昼食は…勘兵衛様には兼帯食ですかね。簡単におむすびになっていいでしょか。」
 下準備のあれこれで、調理台が今まで塞がっていたのでと、恐縮そうに言う彼であり、それと…今から、墓参に際しての一応のきちんとしたいで立ちの準備やら何やらにも、手をつけたいらしい。

 「構わぬよ。」
 「…。(頷)」

 家人二人が了解の意を伝えると。ああよかったと、思わずのことだろう、胸の前にて両手を合わせる所作など、すっかりと主婦の姿のそれなのが、ついつい…勘兵衛には苦笑を誘ってやまない。

 “どうしてそうも徹するかの。”

 確かに、何につけ“女房”のような存在だとして把握している自分でもあるし、うなじに金の髪を束ねた様もよく映える、色白な細おもてはそれはそれは端麗で、美貌の君と呼んでも遜色はなかろう彼ではあるが。だとはいえ、特になよやかな訳じゃあない。朝の陽が明るく照らし出すすっきり片付いたキッチンに立つ姿は、金髪白面という淡彩の君であることも相俟って、いかにも清楚なそれではあるけれど。シンプルなエプロンは、作業着にも併用出来そうなデザインのデニム地のもので、それをまとった体格も、武道をこなすことで作り上げられた、それはそれは しっかりしたもの。力仕事にだって骨惜しみしないし、車の運転もきびきびこなす。動作に切れがあって颯爽としており、一般的な物差しで見て十分に男らしい青年にあたると思う。実際、女性が注目して来るのも、その瑞々しくも端正な男ぶりへと参るせい。だが…繊細でまめで面倒見がよく、人当たりの柔らかさは格別で。世話焼きモードに入ってしまうとどうしても、母親属性な部分がちらほらと。

 “しかも、及び腰かと思や、意外なところで負けず嫌いだったから。”

 手をつけるとなると、きっちりこなさねば気が済まない。まあこんなものじゃあないかという妥協をしない強情さ、物によっては頑迷なほど出るものだから。料理や庭いじりはこちらに出て来てから手をつけたそれだというのに、あっと言う間に玄人はだしの腕前になってしまったほどなのも、そういうところが出てのこと。

 “…。”

 だが、それを言うならば。彼が一人で暮らしていたらばこうまで腕を上げたものだろか。大事な人に不自由させたくはない、大切な人に寛いでもらいたい、そんな想いがあっての上達ぶりだったのでもあり。困った奴よと苦笑しているばかりの誰か様は、自分がそんな仕儀への原動力になったこと、到底気づいていないのかも。それに、今更それらを困った特性だと案じている勘兵衛ではない。むしろ、気立ての優しさ結構だと思う。ただ、

 「えと、具は何を入れましょうかね。」

 おはぎの米を炊くとすぐ、次のを仕掛けておいたらしいのが炊き上がったらしく、飯台へ移してさくさくと切りほぐしながら、やはり手際よくおむすびの支度にかかる七郎次。鮭のほぐし身としそ昆布がありますし、鰹節を醤油で和えたのも美味しいですよね、などと、おっ母様の手元をやっぱり興味津々と眺めやる久蔵へと話しかけていて、

 「梅干しもありますが…。」
 「〜、〜、〜。(否、否、否)」

 梅干しの一言にあい、久蔵が途端に亀の子のように首をすくめるところは相変わらず。酸っぱいものや極端に辛い物は苦手な彼であり、そして。そういったこと、勘兵衛の方と先に知り合っておきながら、なのに七郎次のほうが詳しいところが示すよに。真実本当の母子でもこうはいかぬというほど、お互いをよくよく知り尽くし合っている彼らなところが、時折ちょこっと、何てのか…蚊帳の外へ追いやられているような気持ちにさせてくれるので、あんまり面白くないことも無いこともない時もあるかなと。……どこのガキ大将でしょうか、勘兵衛様。
(苦笑) まま、疎外感というほどの代物じゃあないので、苛立つほどのことでもなくて。第一、

 「勘兵衛様はいかがしますか?」

 にっこりと頬笑む連れ合いの、何ともまろやかな笑顔には。微妙なことながら、構って下さいという甘えが微妙に滲むので。気丈な彼が、なのに…これも恐らくは無意識に、そんな気色を見せ、凭れてくれるのが格別に嬉しいものだから。それこそ大人げないかも知れないながら、そんな優越が余裕をくれているうちのまだ当分は、戯れる母子を見守る側にいて大丈夫。

 「あ・そうそう、明太子がありました。あれ、入れましょうか?」

 昨日ヘイさんからいただいた、本場は博多のたいそう辛いのだそうですよと付け足せば、ほほぉと楽しみなお顔になった勘兵衛とは逆に、久蔵がまたまたその身をすくめさせ。
「舌が馬鹿になるぞ?」
 普通はそれって、今はやりの激辛ブームに踊ってる若い子へ、分別盛りの大人が言うんじゃあ…と。思いはしたが黙ってみておれば、
「何を言うか。意味なく辛いものじゃあないのだと、その差を判別出来てこそ大人というものぞ。」
 そも、甘さとは一番最初に覚える味覚だろうが。そこから進化していないままというのも先々で問題になるやも知れぬぞ?などと。今度こそは大人げないお言いようをなさる御主であり、

 “…楽しそうだことvv”

 むむうと上目使いになる久蔵を、ふふんと居丈高を装って見下ろす勘兵衛という構図は、傍から見ている分には単なるじゃれ合いにしか映らなくって。そんなしている二人をちょっぴり微笑ましく思ってのそのまんま、口元ほころばせて見ておれば、

 「シチも。」
 「はい?」
 「辛いの平気だ。」

 だったら勘兵衛と同類だということか。そのまま敵視しかねぬお顔になった久蔵からの矛先が突然こちらへ向いたのは、はっきり言って予想外。不意を突かれたこともあり、いやまあ少しは…と素で答えかけたものの、

 「でも、そんなに平気ってワケでもないんですよ?」

 やんわりと目許口許ゆるめておいでの勘兵衛に気づいたから、あのね? ああそうだ、ここは自分が味方に付かねばと読み取ったおっ母様。そんなさりげない息の合いようを発揮してのこと、何も辛いものがダメなこと“イコール子供”だとか“イコール半人前”って訳じゃあないと持って行くよう、言葉を重ねてみたものの、

 「〜〜〜。(〜〜否)」

 表情も硬いまま、ふりふりとかぶりを振った次男坊。あやや、これは示し合わせがばれたかなと。これから出掛けるってのに機嫌を損ねてしまってはと、ついつい雲行きを案じた七郎次へ向けられた、次男坊の言いようはといえば、


  「辛いの食べた島田からの口吸いも平気なのだろう?」

   ………………はい? 今なんて?


 おためごかしなんか聞かないからねと言うことか、少々目許を眇めてのお言いようだったが。大人二人は…はっきり言って それどころじゃあない。さすがに意表を衝かれたものか、ちょいと片眉上げた勘兵衛の側はともかく、

 「あ、や…えっと。………………はい?/////////」

 そういえば。遅くに帰った勘兵衛へ、晩酌のあてにと用意する肴には辛いものが多いし、その酒自体も甘いものじゃあない。そういったものを口にした勘兵衛との“×××”が平気なのなら、辛い物も平気だろうと言いたい久蔵なのらしく。そんな意がやっと通じた七郎次はと言えば、


  「えっとぉ〜〜〜。///////////」


 さぁて、どうやって誤魔化すものか。とりあえず、真っ赤っ赤になったままなその手が何もこなせなくなって止まっている…へ、5千円と神無村のお米と スーパーヒトシくん。
(笑)






  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.9.23.


  *おはぎ話は本館でも書いたので、
   こちらのご家庭だったらどう運ぶかなと思ったのですが。
   何だか妙な方向へよれちゃいましたね。
(笑)
   夜中に書いてたのが不味かったのかなぁ?
   勿論、特に構えて覗いてた次男坊なんじゃあなく、
   トイレに起きたりした折にでも、
   睦まじくもキッスなんぞ交わしておいでなの、
   たまたま見たことがあった程度と思われます。

   ちなみに、勘兵衛様が
   『儂はシチとの甘い接吻も平気だ』とか何とか言いだそうものならば、
   仕込みのロケットパンチが即座に飛んでくると思われるへ、二百金。(ひでぇ)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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